第1話「仕掛け絵本」
半年ほど前、屋敷に押し入った賊の凶弾により祖父は亡くなった。古今東西の珍しい書籍をあさるビブリオマニアの祖父を持つヒューイは、彼の死によって古ぼけた屋敷と、そこに収められた蔵書の全てを引き継ぐ事となった。
たどり着いた屋敷、薄闇に目を細めながら周囲を見回すが、何もなかった。屋敷中の壁という壁に埋め込まれた書架、その中には、1冊の本も収められていなかったのだ。
どういう事だ…?
さらに見回すと、古い絨毯の上にうっすらとつもった綿埃に気づく。そこは、隠し通路となっていた。ヒューイはランプを手にし、隠し通路の奥にある階段を降りて行った。そして、たどり着いた部屋に違和感を感じた。そこには、数万冊と見られる本と…。
本を読む一人の少女の姿があった。本に読みふけっていた彼女は顔を上げ、言った。
「お前は、誰?」
ウェズの孫が、今さら何の用ですか少女は、ビブリオマニアである祖父の事を知っている様子。ヒューイは、図書館『ダンタリアンの書架』を探している事を伝える。少女はそれが何かを知っている様子だが、さらにヒューイは、祖父の遺言の最後の一文を彼女に見せる。
「ダリアンを頼む、とあるだろう、多分ペットか何かだと思うんだけど。」
きっと腹をすかしているに違いないと、祖父のペットと思われる”ダリアン”を探している旨を伝えるのだが、目の前の少女は憤怒し、ヒューイに蹴りを入れた。
「ダリアンとは、私の名前です。」
ダンタリアンとは、無数の書物を持った姿で描かれる知識を持つ悪魔だと聞いていたが、地下室にあった蔵書はどれも普通の本だった。悪魔の名前で呼ぶほどの物ではないとヒューイは言ったが、ダリアンは言う。
「この世ならざる、もう一つの世界をその身に宿した壺のように、無尽蔵に知識を蓄えられる図書館があったとしたら…?」
悪魔の叡智を残らず集めた図書館、それがダンタリアンの書架なのだと言う。そして、少女はヒューイの持つ鍵に気がつく。
「その鍵…どこで手に入れたのです…?」
ヒューイを迎えに来た案内人
ダリアンとヒューイが話をしていると、屋敷に案内人が訪れる。彼はヒューイを迎えに来たのだというが、彼がヘンリー・コンラッドの使いの者と知ると、ダリアンは私もついていくのだと言い出す。彼女は、ヘンリー・コンラッドこそが、ヒューイの祖父を殺した張本人なのだと言う。祖父から本を奪うために強盗を装って祖父を殺したのでは、とヒューイも考えてはいたが、何の証拠もない。しかしダリアンは、奇妙な事を口にした。
「今宵は満月、あの本を奪ったのが本当にコンラッドなら、今ごろ見てはならない物を見ている。」
ダンタリアンの書架
たどり着いた広大な屋敷、しかしどの部屋に明かりは灯っていなかった。そこに2人を連れてきた案内人さえも、その異様な状況に驚きを隠せないでいた。
ダリアンは、つぶやいた。
「手遅れだったのかもしれないのです。」
本を巡る悲劇。そして本が呼ぶ災い。ヒューイが、悪魔の名前で呼ぶほどの物ではないと言いましたが、それを撤回しなければならない事が、そこでは起こっていました。
幻書は、正しく読み解けば計り知れない恩恵をもたらしますが、相応しくない者が持てば、世界の境界を超えて、現世の理と因果の律を狂わせるのだと言います。そして、それを封印するためにあるのがダンタリアンの書架なのだと。
どうやらこの屋敷で起こっているのは、相応しくない者が幻書を読んだ末路そのもののようだ。一体、ヒューイとダリアンはその屋敷で、何を目にしたのか…?